友人が力説した言葉 2026年2月18日水曜日

昨日のブログでは1年と9か月ブログを書き続けて来て、過去に書いた

ブログを見て懐かしい気持ちになりましたと書きましたが、ブログを

書く事と画像を選ぶ事も大変楽しく夢中になってブログを書いて来たわけですが

いろいろな紆余曲折もあり、「こんな中学生や小学生が書く作文の様な

幼稚な文章で恥ずかしくないの?」と姉に言われた時もありました。

そんな時、やはり落ち込みました。確かにこんな文章で通用するのかと悩んだ時期も

ありました。ラインで親友に相談したら、ただ一言「続けて下さいね‼」

と返信があり、やっぱり頑張って続けて行こうという気持ちになれました。

昨日、ブログを読んだよと他の友人から連絡がありました。

その友人は文章力がとてもあり、羨ましいなと話すと、その事には何も

触れずに「だだひたすらに書き続ける事、歩みを止めずに、ただひたすらに

書き続ける事だよ‼」と力説されました。

「走り続けなくてもいいから、途中で歩いてもいいから、とにかく歩みを

止めない事が大切だよ‼」ととにかく力説されて、私はその強い口調に

納得して、そうだ書き続けようとまた新たに元気を貰いました。

ケイエスガードの仲間も、「今日は何も書く事がありません‼」というのも

一つのコンテンツだから、書く事が無くても書き続ける事が大切だよと助言

してくれました。

また、義兄も私のブログをいつも読んでいてくれて、褒めてくれたり、

誤字脱字があった時は教えてくれたり、写真を提供してくれたり

写真が暗い時はもう少し明るい方が良いよと、いろいろなアドバイスしてくれます。

とても、有難いです。そして、とても心強いです。

決して、私、一人では今日まで続けて来ることは出来なかったと

思います。沢山の人に支えて貰いながら、今日まで続けて来ることが

出来た事に感謝の気持ちを忘れません。

本当にどうもありがとうございます。

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この記事を書いた人

私は就労継続支援B型事業所のケイエスガードに通っています。
毎日、同じ日はない位、自分次第でITに関することを学べます。
学ぶ事の面白さを感じながら自分のペースで進めていけるところが
とても魅力です。ITの知識が全くなくても少しずづ前に進んでいける
所です。

コメント

コメント一覧 (1件)

  •  剣道の授業が始まった時、ちょっとわくわくしていた。テレビや映画で見るチャンバラができると思っていたのだ。いざ始まってみると、剣先がお尻に当たるくらいに振りかぶって、大上段から一歩踏み込みながら振り下ろす。素振りだ。これを延々繰り返させられた。なんだつまらない。しかし、考えてみると単純なことだった。剣道に必要な筋肉と体幹、神経回路を刺激することで最適化する基本的な訓練だったわけだ。野球のバットの素振りも同じだろう。
     竹刀の素振りもバットのそれも、日常生活では使わない動作だ。食事するときも風呂に入るときも、寝るときも、そのような動作はしない。普通ではない動作を習熟するための初歩である。ここには道徳的な良し悪しなどはない。天才バッターも畳が擦り切れるほど素振りをしていました…などと「善い話」がウケるが、それは単純な訓練を飽きさせないための、まあ、賑やかしだろう。
     で、文章のことである。文章を書くという行為は普通ではないものだ。例えば、日常会話を録音して文字起こししてみるといい。とてもじゃないが読むに堪えない文章になっているはずだ。主語がない。センテンスの始まりと終わりでは、テーマが違っている。語尾がはっきりしない。会話と文章を書くということは、まったく違った行為である。そして会話は日常的な普通のことだが、文章を書くというのは日常普通のことではない。
     普通のことではないことに習熟しようとすると、まさに「素振り」が必要となってくる。文章書くための頭脳の回路を刺激して、活性化するのである。これが継続して書き続けてみることの意味だろう。
     他にも文章を書くために、役立つ工夫がある。いくつか簡単に挙げてみる。
     まず、題名から先に書くこと。書き終わってから、さて題名は何にしようかと考えるのではなくて、書く前に題名を考える。これから何を書こうとするのかという思索を深められるからだ。
     1000字なり2000字なりと文字数をあらかじめ決めておく。今日は書くことがないから700字だというのではなく、決めた文字数の10字以内に書く。これは筋肉の超回復みたいな修練である。
     自由に文章を操る、自由に剣を振るう。そのためには修練という制約が必要であると考えた。つまり自由を得るには、自由でないことを経る必要があるのか。という一般論に拡張したい誘惑にかられる。これは稿をあらためて考えたい。
     

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