最近、良く思うのですが、普通に真面目に頑張り続けていれば、思わぬ良い事が巡って
来るという事です!
良い事があれば、素直に思い切り喜べば良いですが、そうではない事が起こった時は
だだ、落ち込んでいるばかりではなく、それをチャンスに今より良い方向に持って行ける
訓練とそう思える強い精神力を、今、養う努力をしています!
その様な、強い精神力を養える迄、相当な時間はかかりますが、努力をし続けていれば
いつか、そんな強い精神力が養えると信じて、前を見てくじけずに頑張り続けたいと思います!
そして、上手く行かないとすぐに諦めて、絶望的になってしまう自分の性格も良く分かっているので、
そんな時にSOSを出せる友人がいる事も大切だと思いました!
普通に真面目に生きる事は、当たり前の事ですが、その当たり前の事が凄く大切なんだと痛感します!
今日のアイキャッチ画像は今日のタイトルとはあまり、関連が無いのですが、あまりの暑さに涼を求めて
登山好きの亀仙人様が送ってくれた、樹氷の写真を選びました!
樹氷がこんなふうに近くに見えて、それをこんな近くで撮るなんて、さすが亀仙人様です!
この技は、亀仙人様ではないとなかなか出来ない至難の業ですね!
この写真はまだ、そんなに暑くない時に頂いた物ですが、この猛暑が訪れる迄、大切に取っておきました!
とうとう、使う時がやって来たという感じです!
亀仙人様!とっても素敵な涼をありがとうございます♪(´▽`)


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「真面目」のあり方について考えてみます(「どの口が言うのか」という心の声は、ここでは聞こえないことにします)。「真面目」には、自分に向けられたものと、他者へ向けられたものの2種類があります。まず、他者へ向けられた真面目さについてです。支配しようとする者にとって、支配される側が唯々諾々と従順に従う姿は、まさに「真面目」と映ります。支配者はきっと、その姿を褒め称えることでしょう。しかし、このような真面目さは、本当に肯定されるべきものでしょうか。決してそうではないはずです。事の是非を問うことのない真面目さを称賛することは、思考停止を意味します。ここで、ハンナ・アーレントの言葉が思い起こされます。彼女は「悪は、怪物的なものによって行われるのではなく、思考しないものによって行われる」と言い残しました。この視点から、自分に向けられた「真面目」の重要性が見えてきます。事の是非を常に問い続けることができる、自立した個として生きること。これこそが、目指すべき「真面目」の望ましい姿ではないでしょうか。